大抵の街には合気道の道場があります。
どこでも同じか・・・?
全く違います。
合気道には試合がなく、ある程度永くやっていて師範が認めれば昇段していきます。
やがて高段者になります。
でも、高段者だから<上手い><強い>という訳ではありません。
また本部の師範だから<上手い><強い>とは、必ずしもいえません。
ただ<乱暴なだけ>という人がいるのも事実です。
それは技が効かないのに<無理矢理>倒そうとするからです。
はっきり言って<玉石混交>です。
これは私が言っているだけではありません。
数十年稽古をしている多くの友人も同じ感想です。
私は開祖の直弟子の3人の先生に習いました。
その先生方の技は
・<痛いから受け身をとった>という事はありませんでした。
・また技が効かないのに<受け身をとれ>とも言われませんでした。
当時の先生に現在本部で指導されている合気道の指導者について尋ねたところ、「色んな人がいるから」といって、悪口を言うことはありませんでした。
しかし、我々からすると、当時師事していた先生とはあまりにも<技が違い>、また<指導方法>も異なるので、少なからず疑問に思っていました。
合気道は<仕手>と<受け手>といった役割が決まっているので、技が効かなくても先生が投げると受け身をとらなければなりません。
その結果、下手な指導者でも受け身がとれないときは、「受け身をとれない者がダメだ」・・・というようになりがちだったような気がします。
私は先生から「自分から受け身をとるような事はしないように」といわれました。
少なくとも「技を掛けているのだから受け身をとりなさい」というような事はありませんでした。
しかし簡単に崩され、その結果受け身をとらざるを得ませんでした。
残念ながら、今はかなり違うようです。
仕手の技が効かないので受け身をとらなかったら、指導者が怒りだす事もあります。
困った事です。
また私の道場で初段だった方が稽古をもっとしようと自宅近くの道場に行ったところ、そこの高段者の師範の技が全く効かず、逆に技を掛けたら「痛いのでもっとやさしくやってくれ」と言われ驚いたと言っていた事があります。
無論、乱暴にすればいいというものではありません。
それなりに納得できるような技であれば良かったのでしょうが、結局「何をやっているのかわからない」といって呆れていました。
それでもかなりの人が稽古に来ていたそうです。
合気道に何を求めるか・・・それをはっきりと自覚をしてから道場選びをした方がいいと思います。
合気道の稽古をする人には、
「なんとなく格好いいからやってみたい」
「体力はないが、強くなりたい」
「楽しい運動としてやってみたい」
「歳をとっても出来そうだから」
「開祖の素晴らしい技を学びたい」
といったように様々な動機があると思います。
しかし、技により崩されていないにもかかわらず「受け身をしっかりとって下さい」というような指導をする道場もありますので、道場の選択は重要です。
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